【要約】
放送翌日に打ち切り決定!TBSの暗黒史に残る幻のバラエティ番組「TVジョーカーズ笑」、「音楽派Together」も短命に関するネット上の反応をまとめました。主な意見として、「■もう2度と観ることも語ることもないであろう番組たち (前略) 豪華な出演陣でスタートした「TVジョーカーズ笑」 そんな中、最も短命で、...」や「>>1 40年前はこういうことがあったとしても 今のフジなんて、どの曜日も この状況と同じことだが」といった声が寄せられています。
40年前はこういうことがあったとしても
今のフジなんて、どの曜日も
この状況と同じことだが
2~3年はやってたと思うが
FAXを受け付ける女性が足を組み替えるという謎演出もあったな
ブレイク前の安室奈美恵が出ていた気がする
景山民夫はこの頃番組クラッシャーとして名を馳せていた
テレ朝の極楽テレビは確かゴールデンで0%台だったと思う
紳助、高橋幸宏、斎藤晴彦がメインという謎キャスティング
その後知らない世界がゴールデンで再開して現在に至る
TVジョーカーズ笑なんかそんな番組やってたことすら知らなかった
あんまりよく覚えてないけど
これも堺正章が噛んでるな、ダチョウ倶楽部だけでは回せないから
歌のトップテンの後番組だけどすぐ終わった
そしたら、TBSの人は「カネに糸目をつけずに、ギャグ番組、面白い一時間番組を作れ」と命令が出たわけだよ。
それでさ、金曜日の8時9時空けるからって。「とりあえず、カネに糸目はつけるな。こっちは天下のTBSだぞ」と。
「日本中で、一流の作家だけ集めろ」って言われたんだよ(笑)「あの時、俺は言われたよ。で、全部集めたんだ。
『全員集合』から田和隆先生来てもらって。松岡孝だろ、で、タモさんいるからタカヒロと。高田もお前、頼んだよ」って。
で、「大岩賞介も頼んだし。喰始にまで頭下げたんだよ、お前。役に立たないけど、景山民夫にも来てもらってさ。
20人の超一流の作家を集めろって言われて、集まったんだよ」って。
松本明子:へぇ。
高田文夫:誰も口きかないんだよ、こいつら仲悪くて何一つアイデア出さないって(笑)
松本明子:はっはっはっ(笑)
高田文夫:何ひとつアイデア出さないんだよ(笑)で、ギャラは払うんだけど、来たって何も喋らないんだよ(笑)
で、いよいよ明日本番なんだよ。「どうすんの?」って。「高ちゃん、逃げないでよ」って俺言われて。
「明日、本番なんだけどさ、どうすりゃいいの?スタジオ」って。「うん、じゃあ…象でも仕込んどいたら?」って(笑)
で、「マチャアキを乗っけておけばさ。あとはタモさん出しときゃ大丈夫だよ」って(笑)
松本明子:はっはっはっ(笑)
高田文夫:「あれ、知ってるか?お前、高田。初回1.9%。第一回オンエアで打ち切りってあるか、そんな番組世の中に(笑)
松本明子:え?!(笑)
高田文夫:そしたら、3回で終わったんだよ(笑)『TVジョーカーズ笑』っていうのがあったんだよ。有名な作家だけ、一流な作家だけ。
「NHK大河に対抗してともに戦った戦友の死を悼みます(笑)」とか言っていたな

(前略)
豪華な出演陣でスタートした「TVジョーカーズ笑」
そんな中、最も短命で、最も忘れられないのが、1983年春、日曜夜8時からの時間帯でスタートしたバラエティ番組『TVジョーカーズ笑(ショー)』だ。といっても今や幻の番組、覚えてる方もほとんどいないかもしれない。コントに歌、ゲームで構成され、当時隆盛を誇った田辺エージェンシーのタレントたちが総出演。堺正章、中原理恵、研ナオコ、高見知佳、タモリ、東八郎、小坂一也、チャンバラトリオ、と人気者が勢ぞろい。作家陣も高田文夫、高平哲郎、喰始、景山民夫、松岡隆など、テレビを代表する顔ぶれで、日本の放送作家の半分以上が参加していると言われた。
日曜8時のゴールデンタイム、春のイチ押し番組として大々的に番宣を展開し、1983年4月編成最大の目玉番組だった。NHKは大河ドラマ『徳川家康』、日本テレビは『久米宏のTVスクランブル』、フジテレビは『オールスター家族対抗歌合戦』、テレビ朝日は『西部警察』。この激戦区に堂々と勝負を挑んだのである。しかし実態は、4月17日第1回の世帯視聴率が1.9%…… この数字は “目の検査” といわれ、なんと初回放送翌日に打ち切りが決まるという前代未聞の事態に。結果6月まで、放送本数9本という信じられない幕切れとなってしまった。スタート時に並んでいたそうそうたるTBSのプロデューサー陣も、豪華な作家陣も最後にはほとんど誰も残っていなかった。
■テレビ裏面史に残る幻の番組
番組の内容も今思えば試行錯誤の連続で、わけのわからない内容。堺正章が老俳優という設定で演じたコント「日常佐半次(にちじょうさはんじ)捕物帳」。捕り物の最中に雪が降ってきて、上からゴンドラに乗った歌手のアダモが「雪が降る」を歌いながら登場するというシュールなコントもあった。また、堺正章が頭頂部の長ーいカツラをかぶった “ムンズリ星人” のコントもみごと不発に終わってしまった。
また、大惨事寸前だったのが「女子大生対抗象乗りゲーム」。スタジオに本物の象を入れてロープをかけ、2つの大学の女子大生たちがそれぞれ飛び乗って、どちらがたくさん象に乗れるか人数を競うゲームだった。番組ではこのコーナーのために、群馬サファリパークまで出むいて、番組で象を購入するという力の入れようだった。しかし第1回の収録で、それまでおとなしかった象が、女子大生を乗せたまま興奮して暴れ出し、振り落とされないようしがみつく子や、泣き叫ぶ子はいるわ、あわや大惨事になるところだった。当然この企画は即刻中止。
その後その象がどうなったかは定かではない。ことほどさように不幸の連続だったこの番組、ビートたけしが桂邦彦プロデューサーの『笑ってポン』と並んでよくネタにしていた。ディレクターの1人だった私も、また担当していた他のスタッフたちも、その後この番組の話題をすることは無く、自身のキャリアからも封印して抹殺したほどである。これだけのスターをそろえ、最強のスタッフと大々的な宣伝を展開して惨憺たるこの結果。『TVジョーカーズ笑』はまさにTBSの暗黒史、テレビ裏面史に残る幻の番組である。
■「ザ・ベストテン」の後継番組、「音楽派Together」
そしてもう1つ、忘れられない短命番組が、1989年、『ザ・ベストテン』終了後に後継番組としてスタートした『音楽派Together』である。1989年10月スタート。司会は『ザ・ベストテン』に続いての黒柳徹子、相手役は高田純次。『ザ・ベストテン』のランキングを排除し、5?6組のゲストを招き、歌とトークというオーソドックスな音楽番組だったが、わずか1クール、全10回で同年の12月に放送が終了した。
ゲストには人気の、X(現:X JAPAN)、徳永英明、森高千里、浅香唯、近藤真彦、光GENJI、爆風スランプ、ハウンドドッグ、Wink、五木ひろし、TUBE、チェッカーズ、荻野目洋子など。当時の『ザ・ベストテン』とほぼ変わらない顔ぶれだったが、いかんせんランキングも無く、『ザ・ベストテン』以上の数字など望むべくもない。初回こそ11%だったが、2回目以降は、平均7%、結局たった3か月で打ち切り。その後の番組は準備してなかったため、3か月間『怪傑黄金時間隊!!』として単発企画でしのいでいった。
何10年も続いたゴールデン-プライムタイムの音楽番組としては、この後2年9か月後に『突然バラエティー速報?COUNT DOWN100』が始まるまで途絶えてしまった。『ザ・ベストテン』の栄光の影で、みんなに忘れられ消えていった不幸な番組。しかし今、そんな番組が妙に愛おしく、忘れがたい記憶となっている。
リマインダー2/14(土) 6:00
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