【要約】
【訃報】フィフス・ディメンションの創設メンバー ラモンテ・マクレモア死去に関するネット上の反応をまとめました。主な意見として、「フィフス・ディメンションの創設メンバー ラモンテ・マクレモア死去 - amass 2026/02/05 10:14掲載 https:/...」、「馬面のエジプト人かと思ったのに」、「ここの奴らはアナザーディメンションしか知らんよ」といった声が寄せられています。
8 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 11:51:22.07
馬面のエジプト人かと思ったのに
10 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 11:57:57.56
ここの奴らはアナザーディメンションしか知らんよ
11 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 11:59:17.10
>ラモンテ・マクレモア
日本国民は誰ひとり知らんやろ
日本国民は誰ひとり知らんやろ
12 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:00:32.44
アクエリアス好き。
14 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:02:54.50
マリリン・マックーはみんな知ってる
15 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:03:03.83
贅沢、豪華、流麗
黒人コーラスグループだったね。合掌
黒人コーラスグループだったね。合掌
20 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:12:32.92
サンラは置いておいて
ポップミュージックの世界でアフロフューチャリズムの世界観を提示した初めてのグループかもしれない
パーラメントやロニーリストンスミスやAW&Fより早かったですね
ポップミュージックの世界でアフロフューチャリズムの世界観を提示した初めてのグループかもしれない
パーラメントやロニーリストンスミスやAW&Fより早かったですね
21 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:12:53.68
60年代70年代のロックスターはビートルズ、ストーンズ、Zeppはじめ軒並み80歳70歳代なんだから、そりゃ毎日のように死ぬだろ
22 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:14:33.68
まくれモア
25 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:23:43.93
オペラ歌うエイリアンが出てる映画?
27 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:35:33.28
ローラ・ニーロ大好き
30 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:43:08.24
聖闘士星矢かな?
31 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 12:43:15.24
フィフス・ディメンションは知ってるが、どの人がラモンテ・マクレモアなのかが分からない……
38 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 13:04:41.43
有能なプロデューサー
有能なソングライター
有能なセッションミュージシャン
有能なソングライター
有能なセッションミュージシャン
この3つの条件がそろって67〜73,4年頃までヒットを出しているし、
The Fifth...やG. Campbellが売れたおかげで我々はJim Webbという
作曲者を知ることができた。
39 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 13:04:42.16
途中でいきなり変わる曲の人か
40 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 13:14:47.32
「(ビートでジャンプ(Up, Up and Away)」
「輝く星座/レット・ザ・サンシャイン・イン(Aquarius/Let the Sunshine In)」
「輝く星座/レット・ザ・サンシャイン・イン(Aquarius/Let the Sunshine In)」
この2曲は聞けばピンとくる人も多いと思う
41 名無しさん@恐縮です 2026/02/05(木) 13:17:30.45
いい曲いっぱいあるけど
やはりアクエリアスでしょ
やはりアクエリアスでしょ

2026/02/05 10:14掲載
https://amassing2.sakura.ne.jp/image/jacket/300/2026/140784.jpg
米ヴォーカル・グループ、フィフス・ディメンション(The 5th Dimension)の創設メンバーであるラモンテ・マクレモア(LaMonte McLemore)が死去。代理人のジェレミー・ウェストビーが発表。90歳でした。
代理人の声明によると、マクレモアは2月3日、30年間連れ添った妻と家族に見守られながら亡くなりました。マクレモアは数年前に脳卒中を起こしていました。
ラモンテ・マクレモアは1935年9月に米ミズーリ州セントルイスで生まれる。米海軍に勤務し、航空写真家として訓練を受け活動した。その後、ロサンゼルス・ドジャースのファームでプロ野球選手を目指し、アフリカ系アメリカ人として初めて参加した一人となったが、やがて南カリフォルニアに定住し、音楽と写真に専念するようになった。
1967年、彼が在籍してたヴォーカル・グループ、ヴァーサタイルズはジョニー・リバースの目に留まり、彼が運営するソウル・シティ・レコードと契約。グループ名をフィフス・ディメンションに変更した。
フィフス・ディメンションは、1960年代後半から1970年代初頭にかけて、その特徴的なハーモニーと、R&B、ソウル、ポップを洗練された形で融合させたポップ&ソウルサウンドで人気を博し、「Up, Up and Away」、「Aquarius/Let the Sunshine In (The Flesh Failures)」、「Wedding Bell Blues」、「Stoned Soul Picnic」、「One Less Bell to Answer」など、この時代を象徴するヒット曲を生み出した。
同グループは、1968年に「Up, Up and Away」、1970年に「Aquarius/Let the Sunshine In (The Flesh Failures)」で、2度にわたりグラミー賞の年間最優秀レコード賞を受賞した。
(略)
※全文はソースで
https://amass.jp/187632/