【要約】
【芸能】国民的女優なのに代表作が浮かばない… 吉永小百合がそれでも愛され続けるワケに関するネット上の反応をまとめました。主な意見として、「https://news.yahoo.co.jp/articles/b86875e5babb8d028dcd6a7084430c043a3f8fbf ...」、「タモリとかの世代の権力者の爺さん達に支えられているからだろ ヨシリストだっけ」、「ほんとに大ヒットと言われる作品がないよな アイドル女優なのに」といった声が寄せられています。
3 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:47:12.78
顔が伸びてきたな
9 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:48:50.89
タモリとかの世代の権力者の爺さん達に支えられているからだろ
ヨシリストだっけ
ヨシリストだっけ
18 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:50:21.90
ほんとに大ヒットと言われる作品がないよな
アイドル女優なのに
アイドル女優なのに
22 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:50:47.01
代表作は奈良の春日野
腰を下ろせば 鹿のフン♪
26 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:52:02.28
永遠の大根女優
31 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:53:14.73
テレビでは夢千代日記
43 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:57:08.79
綾瀬はるかも白夜行しか思い浮かばない
54 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 20:59:14.74
共産党員だからだろ
62 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:01:34.72
吉永小百合は若い頃にヒット作連発したからだよ
だからお前らが知らないだけ
ちなみに女優で1作品の観客動員数が最多なのはこの人
大昔の記録だから知ってる人は少ない
だからお前らが知らないだけ
ちなみに女優で1作品の観客動員数が最多なのはこの人
大昔の記録だから知ってる人は少ない
68 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:03:09.14
細雪?
70 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:03:31.28
キューポラでいいと思う
71 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:04:10.22
代表作がないとか
吉永小百合を全く知らん若造が記事書いたんか
吉永小百合を全く知らん若造が記事書いたんか
78 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:06:33.31
しかの糞の歌があるやろ
79 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:07:38.71
中途半端に大物になってドラマにあまり出てないからなあ
2時間サスペンスとか出ればよかったのに
90 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:11:30.48
左翼が持ち上げてるだけ
94 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:12:49.21
確かに言われてみれば吉永小百合が代表する青春スター映画って当時の世代でなければ忘れ去られてる感じあるな
112 名無しさん@恐縮です 2026/07/16(木) 21:18:32.83
顔も演技も完璧な日本の女優
吉永小百合
沢口靖子
後藤久美子
宮沢りえ
長谷川京子
長谷川理恵
蛯原友里
伊東美咲
真木よう子
北川景子
榮倉奈々
篠田麻里子
桐谷美玲
佐々木希
本田翼
西野七瀬
出口夏希
吉永小百合
沢口靖子
後藤久美子
宮沢りえ
長谷川京子
長谷川理恵
蛯原友里
伊東美咲
真木よう子
北川景子
榮倉奈々
篠田麻里子
桐谷美玲
佐々木希
本田翼
西野七瀬
出口夏希

国民的女優なのに代表作が浮かばない… 吉永小百合がそれでも愛され続けるワケ
吉永小百合ほど不思議なスターはいないかもしれない。誰もが名前を知っていて、多くの人が好意を抱いている。
それなのに、「好きな映画は?」と聞かれると答えに詰まる人も少なくない。なぜ人々は彼女に惹かれ続けるのか。
関川夏央による日活映画論『昭和が明るかった頃』(文藝春秋、2002年)は、次のような言葉から始まる。「長年、不思議に思っていることがある。それは吉永小百合の出る映画は、なぜつまらないかということである」。
「つまらない」かどうかはいったん措くとしても、このような問いが生じること自体が、吉永小百合という存在の「不思議」を示しているように思われる。
出演映画は120本を超えるのだから、彼女が文字通りの「スター」であることは疑い得ない。同時に、彼女の演じる役柄が固定的だったのも事実である。
吉永が体現したのは、高度経済成長期の前半の時代精神であり、「民主的で向上心にあふれた戦後」だったとも関川は述べている。
確かに、吉永が演じた役柄は、民主的で向上心にあふれる青春のイメージに収まるものが多い。戦後に対する評価と吉永に対する評価には、どこか通じる部分があるのだろう。
では、戦後日本の人びとは吉永小百合に何を求めたのだろうか。そして、彼女自身は何を考えて戦後を生きたのだろうか。自伝『夢一途』(主婦と生活社、1988年)から、吉永小百合の来歴を辿りつつ、この問題を考えてみたい。
● 給食費が払えず「忘れました」 借金取りが来る家庭で育った
吉永は、1945年3月13日に東京・渋谷区に生まれた。いわゆる東京大空襲の直後である。生家は奇跡的に焼け残ったが、敗戦間際から直後の時期の食糧事情は悪く、吉永家はふたりの娘を育てるのに苦労したという。
父親はかつて外務省に勤めていたが、1943年に転職していた。新たな勤め先は、情報局に付設され出版統制を担った日本出版会だった。
戦後になって出版事業を立ち上げるも失敗。家計は火の車となり、家には税務署の役人が差し押さえに来たり、借金取りが来たりしたという。
吉永は小学生の時に、給食費が払えず、何度も「忘れてきました」と繰り返すという苦い経験をしたというが、彼女が芸能活動を始めたのは、両親の強い希望だけでなく、生活苦も影響していたのかもしれない。
1956年、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』の子役に応募すると、千葉周作の娘「さゆり」役に選ばれる(本名と同じ役名だったのは偶然である)。1959年には、『朝を呼ぶ口笛』で映画に初出演。
芸能活動が軌道に乗ると、勉強の時間を確保するのが難しくなるが、彼女の強い希望により都立駒場高校に進学した。普通の高校生活を望んでいた吉永だったが、学費は自分で稼いでほしいという母親の意向もあり、日活と専属契約を結んで芸能活動を継続することになる。
しかし、芸能活動と学業の両立は難しく、進級が困難となったため、1961年に精華学園高校に転入せざるを得なかった。同校は芸能人が数多く通う高校として知られていた。
● 吉永の女優像を決定づけた 映画『キューポラのある街』
この頃、彼女は自身のキャリアにとって重要な映画に出演している。『キューポラのある街』(1962年)である。
吉永が演じたのは中学3年の主人公・ジュン。鋳物工場の近くの長屋に家族5人で住んでいる。彼女は父親の失業による貧困が理由で高校進学をあきらめるが、トランジスタ組み立て工場で働きながら、定時制に通うことに積極的な意義を見出していく。自分で人生を切り開くためには、自分で稼ぐしかない。その決断に至る中学3年生の緊張・葛藤がまぶしい。
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