母:「お線香あげるときに、きょうも一日頑張るからね。”瑛大に会いたいな”ということを必ず言う」
豊田瑛大くん、8歳。スノーボードやサッカーが大好きな明るく活発な子だった。
父:「全部蘇ってきてね…かわいいですね」
両親の心の中には、瑛大くんの笑顔が溢れている。
父:「猪苗代湖はとても澄んでてきれいだということで、ずっと行きたいなと思っていて。今回たまたま初めて行った」
家族が猪苗代湖を訪れたのは2020年9月6日。
水上バイクで浮き輪やボードを引っ張るトーイングスポーツを楽しみにしていた。
その日は波が高かったことから、ともに中田浜に訪れていた知人家族の提案で湾内に移動することに。
事故が起きたのは、瑛大君の父が知人家族を乗せてトーイングスポーツをし、瑛大くんと母など4人がブイの近くで順番待ちをしていた時だった。
母:「急に大きなエンジン音が聞こえてきたので、そっちを振り向いたときに、もう目の前にすごく目線的にも見上げる感じで…。子どもたちのほうを振り返って逃げなくちゃと思ったんですけど、やっぱり声が全然出なくて体も動かなくて」
わずか数秒で4人は船に巻き込まれた。
近づく船に驚く瑛大くんの表情が目に焼き付いているという。
母:「最後一回だけでも抱きしめてあげたいなと思って。行こうと思ったんですけど、身体が全然動かなくて。絶望的に浮いていた感じ」
父:「”轢かれたぞ”と教えてくれる人がいて、戻ったときに瑛大が着ていたライフジャケットとか… 毎日。思い出すと地獄ですよ。あんな瑛大を見ることになるなんて」
事故の後、瑛大くんの母は一命をとりとめましたが、両足の膝から下を失った。
7度の手術を乗り越え、2021年4月に自宅へ帰ることができたが…
母:「家に帰ると、いつも瑛大が座っていたところに瑛大がいない。今でも信じられないし、会えないのがわかっているんだけど、会いたいというのがすごく大きくて、触りたいし」
【もう一度わが子を抱きしめたい】
瑛大くんを失った悲しみとともに、両親には強く願うことがある。
それは、二度と同じような事故を起こしてはならないということ。
父:「大型の船の航路をきちんとわかるように。それをそこで遊ぶ人全員が周知していないと、また同じような事故が起きてしまうんじゃないかと思っています」
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事故の後、福島県は中田浜周辺の2カ所に、浜の利用ルールのほか船舶の航行区域や進入禁止エリアを表示した看板を設置。住民などが参加する協議会は、事故の原因が分かり次第、利用区分の見直しも検討しているが、今は仮のブイで大型船の航路を示している。
中田浜ロングビーチで管理人を務める小林茂政さん。事故の再発防止に向け取り組んでいる。
中田浜ロングビーチ管理者・小林茂政さん:「まだまだ水上バイクおよび大型船に乗っている人が、そういう安全安心の知識がない。早く本来あるべき大きなブイでまた標識でそして大型船の航路を決定して、取り返しがつかない事故はもう起こさないつもりで、私たちができることで頑張っていきたい
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瑛大くんが夏休みに大切に育てていたひまわり。明るい笑顔と重なる。
母:「瑛大を常に意識していたいというか、近くになんとなく瑛大がいるというのを感じていたいので。元気もらうというか、頑張るよって思わなきゃなというか思うようにしています」
両親の願いは、事故を風化させず悲しい出来事が繰り返されないこと。
父:「この事故が風化しないようにと、瑛大がこんな子だったんだと」
母:「こういう事故があったということを、もう一度思い出してもらって意識してもらって、みんなが気を付けて遊べるように」
2人は瑛大くんとともに事故と向き合い続けていく。
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瑛大くんの父は今でもあの日を思い出し、自分を責め続けている。
また事故直後、一部の誤った情報から瑛大くんの両親はネット上での心無い誹謗中傷にも苦しんだ。正確な情報の発信と、事故の情報提供を呼び掛けるためホームページを立ち上げ詳細を説明している。
一方、警察が事故について捜査を続けているが10か月が過ぎた現在も、船の特定などには至っていない。事故を繰り返さないために原因の解明が待たれる。